第13首「筑波嶺の~」陽成院|現代語訳・意味・ゆかりの神社

百人一首

歌札
筑波嶺の
(つくばねの)
峰より落つる
(みねよりおつる)
男女川
(みなのがわ)
恋ぞつもりて
(こいぞつもりて)
淵となりぬる
(ふちとなりぬる)

※ 上の句(かみのく)が赤字、下の句(しものく)が青字

現代語訳

筑波山の峰から流れ落ちる男女川が、やがて水を集めて深い淵となるように、私のあなたへの恋心も積もり積もって、今では深い思いになってしまいました。

歌人

歌人: 陽成院

読み: ようぜいいん

陽成院(ようぜいいん)は、平安時代前期の第57代天皇・陽成天皇です。 諱(いみな)は貞明(さだあきら)。清和天皇の第一皇子として生まれ、母は藤原高子でした。 西暦876年、わずか9歳で天皇に即位します。 しかし幼い天皇であったため、政治の実権は摂政となった藤原基経らが握っていました。陽成天皇の在位期間は西暦876年から884年までで、若くして皇位を退くことになります。 退位後は「陽成院」と呼ばれました。西暦869年に生まれ、西暦949年に亡くなった陽成院は、若くして退位した一方、その後は長い人生を送りました。

陽成院

ゆかりの地

筑波山神社

筑波山神社
筑波山神社周辺の地図

この第13首には、歌の舞台と非常に深い関係を持つ神社があります。 筑波山神社(つくばさんじんじゃ)です。所在地は、 茨城県つくば市筑波1番地 です。 筑波山神社は、筑波山そのものを御神体として仰ぐ非常に古い神社です。 西側の男体山には筑波男大神・伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、東側の女体山には筑波女大神・伊弉冊尊(いざなみのみこと)が祀られています。そして、この神社と第13首を直接結びつけているのが男女川です。歌そのものに登場する筑波山と男女川を境内・由緒の中に持つ、地理的にも文化的にも第13首と非常に深いつながりのある神社なのです。

基本情報

歌番号 13
歌人 陽成院
歌人読み ようぜいいん
生没年 869年~949年
時代 平安時代
季節 なし
都道府県 茨城県
所在地 茨城県つくば市筑波1番地

詳細解説

この歌を一言で表すなら、

「小さな流れが深い淵になるように、積もり積もって深くなった恋」

です。

「筑波嶺」→恋の舞台となる筑波山
「男女川(みなのがわ)」→山から流れ出る水
「つもりて」→少しずつ増していく恋心
「淵」→深くなった恋心

という構造で覚えると、歌の意味がとても分かりやすくなります。

また、筑波山の男体山(なんたいさん)・女体山(にょたいさん)、男女川(みなのがわ)、そして夫婦神を祀る筑波山神社まで合わせて知ることで、この歌の「男女」「恋」という世界がより立体的に見えてきます。

筑波山の峰から流れる男女川が深い淵となる様子に、陽成院の積もる恋心を重ねた百人一首第13首のイメージ

この歌の歌人である陽成院は、平安時代前期の第57代天皇・陽成(ようぜい)天皇です。

諱(いみな)は貞明(さだあきら)。清和天皇の第一皇子として生まれ、母は藤原高子でした。

西暦876年、わずか9歳で天皇に即位します。

しかし幼い天皇であったため、政治の実権は摂政となった藤原基経らが握っていました。陽成天皇の在位期間は西暦876年から884年までで、若くして皇位を退くことになります。

退位後は「陽成院」と呼ばれました。

西暦869年に生まれ、西暦949年に亡くなった陽成院は、若くして退位した一方、その後は長い人生を送りました。

百人一首第13首の歌人、陽成院(陽成天皇・869年~949年)のイラスト

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