第17首「ちはやふる~」在原業平朝臣|現代語訳・意味・ゆかりの神社

百人一首

歌札
ちはやぶる
(ちはやぶる)
神代もきかず
(かみよもきかず)
竜田川
(たつたがわ)
からくれなゐに
(からくれないに)
水くくるとは
(みずくくるとは)

※ 上の句(かみのく)が赤字、下の句(しものく)が青字

現代語訳

不思議なことが起こった神代でさえ聞いたことがない。竜田川の水が、散り浮かぶ紅葉によって鮮やかな唐紅色に染まり、まるでくくり染めのようになっているとは。

歌人

歌人: 在原業平朝臣

読み: ありわらのなりひら あそん

在原業平(なりひら)は、825年に生まれ、880年に亡くなった平安時代前期の貴族・歌人です。 父は阿保親王、母は桓武天皇(第50代)の皇女である伊都内親王とされ、父方・母方の双方から皇室につながる高貴な血筋を持っていました。 阿保親王は平城天皇(第51代)の皇子ですから、業平(なりひら)は平城天皇の孫にあたります。 しかし、のちに皇族の身分を離れ、「在原」の姓を与えられて臣籍に下りました。 官人としても活動し、最終的には従四位上・蔵人頭などを務めました。 紀貫之は業平の歌について、 「その心あまりて、ことばたらず」 と評しました。 簡単にいえば、 「歌に込められた思いがあまりにも強く、言葉だけでは表現しきれていない」 という趣旨です。 これは業平の和歌の特徴をよく表しています。 繊細に整った言葉だけで美しさを表現するのではなく、心からあふれ出すような強い感情を歌にする。 第17首の「神代にも聞いたことがない」という大胆な表現にも、そんな業平らしさを感じることができます。

在原業平朝臣

ゆかりの地

龍田大社

龍田大社
龍田大社周辺の地図

龍田大社は、古くから風の神を祀る神社として信仰されてきました。 主祭神は、 天御柱大神 国御柱大神 です。 古代の人々にとって風は、農作物の実りにも災害にも関係する重要な自然の力でした。 そのため、風を鎮め、五穀豊穣などを願う祭祀は国家にとっても重要でした。 龍田の神に対する祭祀は古代から朝廷によって重視され、龍田大社は『延喜式』にも記載される由緒ある神社です。

基本情報

歌番号 17
歌人 在原業平朝臣
歌人読み ありわらのなりひら あそん
生没年 825年~880年
時代 平安時代
季節 秋
都道府県 奈良県
所在地 奈良県生駒郡三郷町立野南一丁目

詳細解説

この歌では、最初から紅葉の美しさを説明していません。

「神代にも聞いたことがない」

という、とても大げさな表現から始まります。

神話の時代よりも珍しい景色だ、とまで持ち上げてから竜田川の紅葉を見せることで、読者の想像の中に圧倒的な赤の世界を作っています。

業平(なりひら)らしい、華やかで情熱的な表現です。

在原業平(なりひら)は、825年に生まれ、880年に亡くなった平安時代前期の貴族・歌人です。

百人一首第17首の歌人・在原業平朝臣を描いた平安時代の貴族姿のイラスト

父は阿保親王、母は桓武天皇(第50代)の皇女である伊都内親王とされ、父方・母方の双方から皇室につながる高貴な血筋を持っていました。

阿保親王は平城天皇(第51代)の皇子ですから、業平(なりひら)は平城天皇の孫にあたります。

しかし、のちに皇族の身分を離れ、「在原」の姓を与えられて臣籍に下りました。

官人としても活動し、最終的には従四位上・蔵人頭などを務めました。

百人一首第17首の歌人・在原業平朝臣を描いた平安時代の貴族姿のイラスト

紀貫之は業平の歌について、

「その心あまりて、ことばたらず」

と評しました。

簡単にいえば、

「歌に込められた思いがあまりにも強く、言葉だけでは表現しきれていない」

という趣旨です。

これは業平の和歌の特徴をよく表しています。

繊細に整った言葉だけで美しさを表現するのではなく、心からあふれ出すような強い感情を歌にする。

第17首の「神代にも聞いたことがない」という大胆な表現にも、そんな業平らしさを感じることができます。

在原業平朝臣の「ちはやぶる」をイメージした、真紅の紅葉が竜田川の水面を染める秋景色の水彩画

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