第20首「わびぬれば~」元良親王|現代語訳・意味・ゆかりの神社

百人一首

歌札
わびぬれば
(わびぬれば)
今はた同じ
(いまはたおなじ)
難波なる
(なにはなる)
みをつくしても
(みをつくしても)
逢はむとぞ思ふ
(あはむとぞおもふ)

※ 上の句(かみのく)が赤字、下の句(しものく)が青字

現代語訳

これほど思い悩んでしまったのだから、今となってはもうどうなっても同じことです。難波の澪標(みおつくし)ではありませんが、たとえこの身をすべて捧げ、身を滅ぼすことになっても、あなたに逢いたいと思います。

歌人

歌人: 元良親王

読み: もとよししんのう

元良親王(もとよししんのう)は、890年に生まれ、943年に亡くなった平安時代中期の皇族・歌人です。 父は第57代天皇である陽成天皇。元良親王はその第一皇子でした。母は藤原遠長の娘とされています。官位は三品に進み、兵部卿を務めました。一方で元良親王は、平安時代を代表する「色好み」の一人として知られています。「色好み」という言葉は、現代的な意味で単純に女性好きというだけではなく、恋愛や和歌、風雅に通じた人物という側面も持っています。

元良親王

ゆかりの地

難波(特定のゆかりの神社なし)

難波(特定のゆかりの神社なし)
難波(特定のゆかりの神社なし)周辺の地図

この歌では、難波の景色が非常に重要です。 当時の難波は、現在の大阪周辺に広がっていた海や湿地、水路の景観と結びつく土地でした。浅瀬の多い水域を船が安全に進むため、水路を示す「澪標」が用いられていました。 「難波」と「澪標(みおつくし)」は意味の上でも深く結びついた言葉であり、この歌では縁語として働いています。 しかも「澪標(みおつくし)」という具体的な景物を出すだけではなく、 澪標 → みをつくし → 身を尽くし と音を重ねることで、難波の風景を一瞬にして恋の覚悟へと変えています。 この巧みな言葉遣いこそ、第20首を覚えるときの最大のポイントです。

基本情報

歌番号 20
歌人 元良親王
歌人読み もとよししんのう
生没年 890年~943年
時代 平安時代
季節 なし
都道府県 大阪府
所在地 該当なし

詳細解説

この歌の中心にあるのは、「もう後戻りはできない」という強烈な恋の覚悟です。

最初の「わびぬれば」の「わぶ」は、思い悩む、つらく苦しむという意味です。単に寂しいという程度ではなく、恋が行き詰まり、どうすることもできなくなった状態を表しています。

難波の海と澪標を背景に、身を尽くしても恋人に逢いたいと願う元良親王を描いた百人一首第20首のイメージイラスト

続く「今はた同じ」の「今はた」は、「今となってはもう」という意味です。

つまり、「これほど苦しんでしまった以上、もう自分の身がどうなっても同じだ」という、半ば開き直ったような覚悟がここで示されています。

そして、この歌でもっとも重要なのが、「みをつくしても」です。

「みをつくし」には、「澪標」と「身を尽くし」という二つの意味が重ねられています。

下の句、「みをつくしても 逢はむとぞ思ふ」は、という非常に激しい恋の宣言になります。

静かな難波の海に立つ澪標という景色と、自分を破滅させても構わないという激しい感情。この対比が、第20首の大きな魅力です。

百人一首第20首の歌人・元良親王を描いた平安時代の皇族姿のイラスト

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