百人一首
※ 上の句(かみのく)が赤字、下の句(しものく)が青字
現代語訳
私の庵は都の東南にあり、私はこのように心静かに暮らしている。それなのに世間の人々は、私が世の中をつらいと思って宇治山に隠れ住んでいるのだと言っているようだ。
歌人
ゆかりの地
宇治神社(喜撰法師の歌碑あり)
第8首には、歌の成立そのものに直接関係したと確認できる神社はありません。 歌の舞台はあくまで宇治山であり、喜撰法師が山中の庵で暮らしていたという伝承に基づいています。宇治神社は、京都府宇治市宇治山田に鎮座する神社です。 御祭神は、応神天皇の皇子である菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)。 宇治川の東岸に位置し、すぐ近くには世界文化遺産の宇治上神社があります。
基本情報
| 歌番号 | 8 |
|---|---|
| 歌人 | 喜撰法師 |
| 歌人読み | きせんほうし |
| 生没年 | 生没年不詳(9世紀頃) |
| 時代 | 平安時代 |
| 季節 | なし |
| 都道府県 | 京都府 |
| 所在地 | 京都府宇治市宇治山田1 |
詳細解説
この歌のおもしろさは、喜撰法師自身の穏やかな暮らしと、それを外から眺める世間の人々の勝手な想像との食い違いにあります。
「わが庵は 都のたつみ」は、「私の庵は、都から見て東南の方角にあります」と言っています。
平安京から東南へ進んだ先にあるのが、現在の京都府宇治市方面です。このため歌の舞台となる「宇治山」は、喜撰法師が暮らしたと伝えられる宇治の山々と考えられてきました。現在も宇治には「喜撰山」という山名が残っています。

そして、この歌でもっとも重要なのが、
「世をうぢ山と 人はいふなり」
という部分です。
ここでは、地名の「宇治」と、「つらい」「嫌だ」という意味を持つ「憂し」の響きが重ねられています。
つまり世間の人々は、
「喜撰法師は、世の中が嫌になったから宇治山へ逃れて暮らしているのだろう」
と噂しているわけです。
しかし、本人の気持ちはそうではありません。
「私は世の中が嫌だからここへ来たわけではない。こうして静かに、のんびり暮らしているだけなのに」
という、少しとぼけたような気持ちが歌の中に感じられます。一般的な現代語訳でも、「本人は心静かに暮らしているのに、世間は世を憂えて隠棲していると考えている」という対比として解釈されています。



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