歌人一覧から見る 在原業平朝臣 投稿日: 2026年8月19日 更新日: 2026年8月19日 歌人年表 歌番号 第17首 歌人 在原業平朝臣 歌人読み ありわらのなりひらあそん 生没年 825年~880年 時代 平安時代 歌人解説 在原業平(なりひら)は、825年に生まれ、880年に亡くなった平安時代前期の貴族・歌人です。 父は阿保親王、母は桓武天皇(第50代)の皇女である伊都内親王とされ、父方・母方の双方から皇室につながる高貴な血筋を持っていました。 阿保親王は平城天皇(第51代)の皇子ですから、業平(なりひら)は平城天皇の孫にあたります。 しかし、のちに皇族の身分を離れ、「在原」の姓を与えられて臣籍に下りました。 官人としても活動し、最終的には従四位上・蔵人頭などを務めました。 紀貫之は業平の歌について、 「その心あまりて、ことばたらず」 と評しました。 簡単にいえば、 「歌に込められた思いがあまりにも強く、言葉だけでは表現しきれていない」 という趣旨です。 これは業平の和歌の特徴をよく表しています。 繊細に整った言葉だけで美しさを表現するのではなく、心からあふれ出すような強い感情を歌にする。 第17首の「神代にも聞いたことがない」という大胆な表現にも、そんな業平らしさを感じることができます。 歌人一覧へ戻る
歌人解説
在原業平(なりひら)は、825年に生まれ、880年に亡くなった平安時代前期の貴族・歌人です。 父は阿保親王、母は桓武天皇(第50代)の皇女である伊都内親王とされ、父方・母方の双方から皇室につながる高貴な血筋を持っていました。 阿保親王は平城天皇(第51代)の皇子ですから、業平(なりひら)は平城天皇の孫にあたります。 しかし、のちに皇族の身分を離れ、「在原」の姓を与えられて臣籍に下りました。 官人としても活動し、最終的には従四位上・蔵人頭などを務めました。 紀貫之は業平の歌について、 「その心あまりて、ことばたらず」 と評しました。 簡単にいえば、 「歌に込められた思いがあまりにも強く、言葉だけでは表現しきれていない」 という趣旨です。 これは業平の和歌の特徴をよく表しています。 繊細に整った言葉だけで美しさを表現するのではなく、心からあふれ出すような強い感情を歌にする。 第17首の「神代にも聞いたことがない」という大胆な表現にも、そんな業平らしさを感じることができます。