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在原業平朝臣

歌人年表

百人一首第17首の歌人・在原業平朝臣の生涯と同時代の日本の歴史を比較した年表

歌番号

歌人

在原業平朝臣

歌人読み

ありわらのなりひらあそん

生没年

825年~880年

時代

平安時代

歌人解説

在原業平(なりひら)は、825年に生まれ、880年に亡くなった平安時代前期の貴族・歌人です。 父は阿保親王、母は桓武天皇(第50代)の皇女である伊都内親王とされ、父方・母方の双方から皇室につながる高貴な血筋を持っていました。 阿保親王は平城天皇(第51代)の皇子ですから、業平(なりひら)は平城天皇の孫にあたります。 しかし、のちに皇族の身分を離れ、「在原」の姓を与えられて臣籍に下りました。 官人としても活動し、最終的には従四位上・蔵人頭などを務めました。 紀貫之は業平の歌について、 「その心あまりて、ことばたらず」 と評しました。 簡単にいえば、 「歌に込められた思いがあまりにも強く、言葉だけでは表現しきれていない」 という趣旨です。 これは業平の和歌の特徴をよく表しています。 繊細に整った言葉だけで美しさを表現するのではなく、心からあふれ出すような強い感情を歌にする。 第17首の「神代にも聞いたことがない」という大胆な表現にも、そんな業平らしさを感じることができます。

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