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河原左大臣(源融)

歌人年表

百人一首第14首の歌人・源融の生涯と同時代の日本の主な出来事を比較した歴史年表

歌番号

歌人

河原左大臣(源融)

歌人読み

かわらのさだいじん(みなもとのとおる)

生没年

822年~895年

時代

平安時代

歌人解説

河原左大臣は、源融(みなもとのとおる)という人物です。 822年に生まれ、895年に亡くなりました。 平安時代前期を代表する貴族の一人で、父は嵯峨天皇です。 あの紫式部の源氏物語の主人公「光源氏」のモデルと言われている人です!!! 天皇の皇子として生まれましたが、のちに皇族の身分を離れて「源」の姓を与えられ、臣下となりました。 源融は朝廷で出世し、最終的には左大臣という非常に高い地位にまで上りました。 また、政治家としてだけでなく、風流を好んだ人物としても知られています。 京都の鴨川近くには「河原院」と呼ばれる大邸宅を造りました。この「河原院」を所有していたことから、百人一首では本名ではなく「河原左大臣」の名で呼ばれています。

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