歌人一覧から見る 参議篁(小野篁) 投稿日: 2026年8月15日 更新日: 2026年8月15日 歌人年表 歌番号 第11首 歌人 参議篁(小野篁) 歌人読み さんぎのたかむら(おののたかむら) 生没年 802年~852年 時代 平安時代 歌人解説 参議篁とは、小野篁(おののたかむら、802年~852年)のことです。 平安時代前期の官人・学者・漢詩人・歌人で、非常に優れた知識人として知られました。 802年、漢学者の小野岑守の子として生まれ、833年には律令の公的注釈書である『令義解』の編纂にも参加しています。 篁の人生を大きく変えたのが遣唐使でした。 遣唐副使に任命された篁でしたが、遣唐大使・藤原常嗣の船に問題が起こったため、篁の船を大使の船にするという命令が出されます。 篁はこれに反発し、最終的に渡航を拒否しました。 その結果、朝廷の怒りを買って838年に隠岐へ流罪となります。 その後、839年に赦されて都へ戻り、官界へ復帰。最終的には参議にまで昇進しました。 つまり篁は、一度は流罪となりながらも、再び中央政界へ返り咲いた人物なのです。 歌人一覧へ戻る
歌人解説
参議篁とは、小野篁(おののたかむら、802年~852年)のことです。 平安時代前期の官人・学者・漢詩人・歌人で、非常に優れた知識人として知られました。 802年、漢学者の小野岑守の子として生まれ、833年には律令の公的注釈書である『令義解』の編纂にも参加しています。 篁の人生を大きく変えたのが遣唐使でした。 遣唐副使に任命された篁でしたが、遣唐大使・藤原常嗣の船に問題が起こったため、篁の船を大使の船にするという命令が出されます。 篁はこれに反発し、最終的に渡航を拒否しました。 その結果、朝廷の怒りを買って838年に隠岐へ流罪となります。 その後、839年に赦されて都へ戻り、官界へ復帰。最終的には参議にまで昇進しました。 つまり篁は、一度は流罪となりながらも、再び中央政界へ返り咲いた人物なのです。