百人一首
※ 上の句(かみのく)が赤字、下の句(しものく)が青字
現代語訳
難波潟(なにわがた)に生えている葦(あし)の、節と節との間ほどのほんの短い時間さえ、あなたに逢わないまま、この一生を過ごしてしまえと、あなたはおっしゃるのでしょうか。
歌人
歌人: 伊勢
読み: いせ
伊勢(いせ)は、西暦877年頃に生まれ、938年頃に亡くなったとされる平安時代前期の女流歌人です。 伊勢は若い頃、宇多天皇(第59代)の中宮であった藤原温子に女房として仕えました。 そこで温子の弟である藤原仲平と恋愛関係になったとされ、その後、宇多天皇(第59代)の寵愛を受けて皇子をもうけました。しかし、その皇子は幼くして亡くなります。 さらに後には宇多天皇(第59代)の皇子である敦慶親王と結ばれ、娘をもうけました。伊勢の人生には、宮廷での出仕、恋愛、出産、子との死別など、さまざまな出来事がありました。 そのため、 「逢はでこの世を過ぐしてよとや」 という言葉にも、単なる技巧だけでは説明できないほどの強さを感じます。
ゆかりの地
伊勢寺(寺院)
直接由来する神社はありません。その代わり、歌人・伊勢の旧居跡と伝えられる伊勢寺(いせじ)があります。高槻市によると、寺伝では、この場所は伊勢が晩年を過ごした旧居跡とされています。現在の伊勢寺には伊勢をまつる伊勢廟堂があり、百人一首第19首の歌碑もあります。
基本情報
| 歌番号 | 19 |
|---|---|
| 歌人 | 伊勢 |
| 歌人読み | いせ |
| 生没年 | 877年頃~938年頃 |
| 時代 | 平安時代 |
| 季節 | なし |
| 都道府県 | 大阪府 |
| 所在地 | 大阪府高槻市奥天神町1丁目1-19 |
詳細解説
この歌の魅力は、「ほんの少し」と「一生」という時間の大きな落差です。
葦(あし)の節と節の間ほどの、ごく短い時間。
それさえも逢えない。
そこから一気に、
「この世を過ぐしてよとや」
と人生全体へ話を広げます。

「ずっと一緒にいてほしい」と要求するのではありません。
「ほんの少しでいい」。
そう言っているからこそ、それすらかなわない苦しさが強く伝わってきます。
難波潟の静かな水辺、風に揺れる葦。その風景の向こうに、逢いたい相手を待ち続ける女性の姿が浮かぶ一首です。



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