第3首「あしびきの~」柿本人麻呂|現代語訳・意味・ゆかりの地

百人一首

歌札
あしびきの
(あしびきの)
山鳥の尾の
(やまどりのおの)
しだり尾の
(しだりおの)
ながながし夜を
(ながながしよを)
ひとりかも寝む
(ひとりかもねむ)

※ 上の句(かみのく)が赤字、下の句(しものく)が青字

現代語訳

山鳥の長く垂れ下がった尾のように、長い長い秋の夜を、恋しい人と離れて私は一人で眠るのだろうか

歌人

歌人: 柿本人麻呂

読み: かきのもとのひとまろ

柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)は、飛鳥時代を代表する歌人で、後世には「歌聖(かせい)」と称えられました。 しかし、その生涯には謎が多く、生年・没年はともに不詳です。 現在確認できる作品などから、西暦680年代から700年代初頭にかけて宮廷で活躍したと考えられています。 持統天皇(在位:690~697年)や文武天皇(在位:697~707年)の時代には、宮廷歌人として数多くの和歌を詠みました。

柿本人麻呂

ゆかりの地

高津柿本神社

高津柿本神社
高津柿本神社周辺の地図

百人一首第3首のゆかりの神社として紹介したいのが、高津柿本神社(たかつかきのもとじんじゃ)です。 島根県益田市に鎮座し、柿本人麻呂を御祭神として祀っています。人麻呂は石見国(現在の島根県西部)との関わりが深かったと伝えられています。 益田市には、人麻呂がこの地で亡くなったという古い伝承が残されており、その終焉の地として信仰されるようになりました。 伝承によれば、神亀年間(西暦724~729年)に聖武天皇の勅命によって人麻呂を祀る社が建てられたといわれています。

基本情報

歌番号 3
歌人 柿本人麻呂
歌人読み かきのもとのひとまろ
生没年 生没年不詳(活動:西暦680年代~700年代初頭)
時代 飛鳥時代
季節
都道府県 鳥取県
所在地 島根県益田市高津町イ2612-1

詳細解説

百人一首第3首は、「長い夜」と「恋人と離れて過ごす寂しさ」を詠んだ恋歌です。
この歌は『拾遺和歌集』に収録され、その後、藤原定家によって小倉百人一首に選ばれました。

実は『万葉集』では、この歌は「柿本人麻呂(かきのもとひとまろ)歌集出」とされています。
これは「柿本人麻呂歌集という歌集に載っていた歌」という意味であり、「柿本人麻呂本人の作品」と断定しているわけではありません。

柿本人麻呂(かきのもとの ひとまろ)は、飛鳥時代を代表する歌人で、後世には「歌聖(かせい)」と称えられました。
しかし、その生涯には謎が多く、生年・没年はともに不詳です。
現在確認できる作品などから、西暦680年代から700年代初頭にかけて宮廷で活躍したと考えられています。
持統天皇(在位:690~697年)や文武天皇(在位:697~707年)の時代には、宮廷歌人として数多くの和歌を詠みました。

なお、この歌が「秋の歌」とされるのは、「ながながし夜(長い夜)」という表現からです。
古典和歌では、「夜長(よなが)」といえば秋を連想するのが共通認識でした。

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