第4首「田子の浦に~」山部赤人|現代語訳・意味・ゆかりの地

百人一首

歌札
田子の浦に
(たごのうらに)
うち出でてみれば
(うちいでてみれば)
白妙の
(しろたえの)
富士の高嶺に
(ふじのたかねに)
雪は降りつつ
(ゆきはふりつつ)

※ 上の句(かみのく)が赤字、下の句(しものく)が青字

現代語訳

田子の浦へ出て眺めてみると、真っ白な雪が富士山の高い峰に今も降り続いていることだ。

歌人

歌人: 山部赤人

読み: やまべのあかひと

山部赤人(やまべのあかひと)は、奈良時代前期(西暦724年頃~736年頃に活動)の歌人です。 生年・没年は明らかになっていませんが、『万葉集』に多くの作品が収められており、柿本人麻呂と並び称される「歌聖」の一人です。 聖武天皇の行幸に同行し、各地の風景を詠んだ宮廷歌人として活躍しました。

山部赤人

ゆかりの地

田子の浦

田子の浦
田子の浦周辺の地図

現在では、静岡県富士市にある「ふじのくに田子の浦みなと公園」が、この歌をしのぶ代表的な場所となっています。 園内には山部赤人の歌碑が建てられ、天気の良い日には駿河湾越しに雄大な富士山を眺めることができます。 奈良時代とは海岸線が異なるため、赤人が立った場所を正確に特定することはできませんが、この一帯が歌の世界を感じられる場所として親しまれています。

基本情報

歌番号 4
歌人 山部赤人
歌人読み やまべのあかひと
生没年 生没年不詳(西暦724年頃~736年頃に活動)
時代 奈良時代
季節
都道府県 静岡県
所在地 静岡県富士市前田

詳細解説

百人一首第4首は、田子の浦から見上げた雪の富士山を詠んだ、自然美を代表する名歌です。
山部赤人は、自分の感情をあえて語らず、雄大な風景だけを描くことで、読む人にもその感動を伝えています
千年以上前に詠まれた歌でありながら、現在でも富士山を見たときの感動と重なり、多くの人の心を打ち続けています

田子の浦港からみた富士山(Wikipediaより)

この歌を見て、改めて日本の歴史の深さを思い知りました。山部赤人という、1300年も前の人の歌を見ても、現在の我々が富士山を見たときの感動と、全く変わらないです。
少なくとも奈良時代から、この感動を共有しているという日本が誇る歴史の厚みを、世代を超えて伝えていくべきものと思います

富士山の美しさと日本人の自然観が凝縮された、百人一首を代表する一首といえるでしょう。

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